Trans Eurasien Expreß seit 2002

 
erscheint i.d.R. vierteljährlich und behandelt bedeutende und/oder interessante Eisenbahnen und sonstige Transportmittel in der Welt, mit Vergleichen zwischen Japan und dem Ausland, Geschichts- und Kulturvergleichen - je nach Thema der Ausgabe. Alle Fotos, Ton- und Videoaufnahmen wurden vom Author selbst aufgenommen, soweit keine fremde Quelle ausdrücklich vermerkt ist.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
22.傾国の美城に殉じた白鳥王の宮廷列車

Das Neuschwanstein auf Rädern - Teil 1 von 3

-I 王室列車における装飾性とテロ対策のバランス-
今回の取材地:
アメリカ
日本
インド
インド
ドイツ

復興工事が始まったグラウンド・ゼロの隅を身を隠すように
這う
PATH Trainのステンレス車体に、朝日が輝く。
 庭先や路傍の石を不意にずらすと、その下にいたミミズが慌てて枯葉の中にもぐり込もうと湿気で色の異なる地面の上を這い回っている、そんな光景を連想した。9.11テロで灰燼に帰したワールドトレードセンター(以下WTC)ツインタワー跡地の工事現場で、ビルの再建前に路線が露出した状態で仮復旧した地下鉄を眺めた時の事だ。WTC 駅は仮駅舎が2003年11月に約350億円をかけて再建され (2009年本格復旧予定)、地下駅に取り残された生存者を乗せてビル崩落直前に現場を脱出するドラマを演じた編成が、WTC乗入再開の祝賀電車も務めた。

カラー写真とは思えないモノクロームな冒頭の写真は、この地の上空に2001年まで聳え立っていた偉大な文明の彩りを多くの無辜の命丸ごと灰にしてしまった、現代のテロの脅威をまざまざと示している。

 ニュージャージー州の客をハドソン河口の下をくぐってニューヨークに運ぶ 地下鉄は PATH train と通称される。PATHは経営主体のハドソン横断港湾局 Port Authority Trans-Hudson の略称ではあるが、PATH は「小路」も意味し、その名の通りトンネル断面は小さく、ロンドンのテューブtube を思わせる。NY 側の終点はマンハッタン島南部の WTC 駅で、WTC ツインタワーの地下をぐるりと一周して短い海底トンネルに戻る構造だった。第18話* でご紹介したパリのメトロ6号線エトワール駅付近と似た線形だ。上の写真は宿 (Millenium Hilton) の40何階だかの部屋から見た2006年4月当時の未明の復旧工事現場だが、仮復旧区間を緑点線、未復旧区間を赤点線で示した。今回は鉄道を如何に卑劣なテロから守るかという視点から始める。

地上に露出し外光射し込む WTC 仮駅を出発したパス・トレインは、巨大クレーター状にコンクリートで固め直された
グラウンド・ゼロの周壁沿いに敷かれた仮復旧線を、再建工事を横目に川底へと向かう(2006年4月撮影)
 鉄道は文明社会には無くてはならない大量高速輸送手段だが、大量の乗客を運ぶ使命の故に大量の乗客に全てセキュリティーチェックを行う事は物理的に不可能だ。また空港という「点」でのみテロ対策を行えば足る航空機と異なり、移動距離全て破壊工作が容易な地平や地平近くを軌道が這う鉄道は本質的にテロに脆弱だ。更に一旦不通となれば自動車と異なり不通箇所の迂回は容易ではなく、影響は甚大だ。

華麗な日英のロイヤルエンジン(左:京都・梅小路機関区、右:ヨーク・National Railway Museum)。
イギリス王室の巨大な紋章の左奥に、JR西日本から寄贈された0系が微笑んでいるのが見える。

 現代社会は残念ながらテロの危険と隣り合わせだ。私が英国の苔むす大学院に留学していた1992年当時は IRA による無差別テロがまかり通っており、爆弾が仕掛けられるのを防ぐ為ロンドンの地下鉄駅からゴミ箱が一斉に消えた。唯一の救いは爆破予告がある事で、予告電話があればその駅は臨時通過扱いとなった。ロンドンに出た時の乗換駅 Kings Cross(在留邦人はキンクロと呼んでいた) に爆破予告→通過となり、キンクロ始発の郊外電車を逃して予定が狂った事があったが、勿論ミンチになるよりは良い。 一般市民を狙った卑劣な無差別テロは、一般市民が主権者である民主社会ならではの現象ともいえる。これに対して絶対王政下ではテロの対象は権力を寡占する特権社会の VIP に対してでないと政治的に意味をなさなかった。逆に言うと、VIP は民主社会でも絶対王政下でも、時代を問わずテロの危険に晒されてきた。堅固な城内と異なり移動中は危険が増すので、車両の堅牢化・保護色化等テロへの警戒は特に重要になる。ただ VIP 車両の中でも王室専用車は装飾性も求められるので、ここをどう折合を付けるかは二律背反の難しさがある。
 最近のVIP専用車は保護色化による安全性に重点を置き、例えばオランダ王室専用車 Koninklijk Rijtuig (独 königlicher Reisezug が訛った(或いはその逆)か?) 欧州の同一言語圏内では外国語といっても東北弁と九州弁の相違程度の印象を受ける)は、控えめに描かれている小さな王冠の絵を見なければ外観は通常のIC (急行) 用客車と大差無い。これは立憲君主制という現代に残る王制を支えるイデオロギーへの配慮もあるだろう。これに対して王が君臨も統治もし、かつテロリストの武器の精度や破壊力が稚拙だった昔の王室専用車 (日本では御料車という) はより装飾性に比重が置かれた為、庶民車との格差は現代より遥かに大きかった。

ニューデリー鉄道博物館にて
 それでも昔もテロリストへの警戒が無かった訳ではなく、余り目立ち過ぎないよう一定の配慮はなされていた。後述のオーストリア皇后エリザベートの専用車の外観は地味なものだし、同時代、富裕を誇ったインドのマハラジャの専用車も今見ると存外つつましいものだ (それでも当時の最下級カーストに生まれ合わせた人々の移動手段と比べると天地の差があったのだろうが)

しかしいつの時代にも例外は、いる。前置が長くなったが、今号から3話連続で、テロの危険など鼻洟ほどにも思わず、鉄道史に燦然と輝くウルトラ級の宮廷列車 Hofzug を世に遺し、しかし頭もウルトラだと決め付けられて不審死を遂げた王の小物語をご紹介する。

鉄腕アトムのような髪型だが、青年の頃は美形だったルートヴィッヒ2世
【Wikipediaより引用】
 ルートヴィッヒ2世 (1845-86) はドイツ統一前夜のバイエルン王国の王だ。ドイツ近代史に馴染みが少ない方でも、あのお伽の国のお城のようなノイシュヴァーンシュタイン城を造った王だといえば膝を打つだろう。バイエルンを代々支配してきたヴィッテルスバッハ Wittelsbach 家には芸術指向で耽美的な人物が多いとされるが、その遺伝子はとりわけルートヴィッヒ2世に濃厚に表れたようだ。後世から観察した時の彼の人生の主題は、芸術の尊重・ゲルマン神話や中世騎士物語への憧憬、そして煌めく王権への誇りだった。

ルートヴィッヒ2世は、少年時代ホーエンシュヴァンガウ城 Schloß Hohenschwangau (高いところにある白鳥の里の城、「上白鳥里城」というところか) 内の白鳥の騎士ローエングリン Lohengrin の伝説の絵に囲まれて育った。王子は15歳の時ヴァークナー Richard Wagner のオペラ「ローエングリン」を観て感激し、ヴァークナーに心酔するようになる。18歳で即位後、最初の王命は債権者から逃げ回っていたヴァークナーを迎える為の捜索だったという。王に多額の負債を弁済して貰い借金苦から救われ屋敷まで与えられたヴァークナーは創作に没頭できるようになり、オペラが音楽・劇・絵画等の多様な芸術的側面を持つ点に着目し、これを総合芸術 Gesamtkunstwerk と捉えて楽劇 Musikdrama と呼ばれるジャンルを開拓した。その結果大編成化したオーケストラ部隊を目立たせない為観客の視界から隠すというヴァークナーのアイデアを実現したバイロイト祝祭劇場 Bayreuth Festspielhaus* もルートヴィッヒ2世が建てたものだ。ここで1876年 (明治9年) の第1回バイロイト音楽祭 Bayreuther Festpiele* で初演されたのが後援者のルートヴィッヒ2世が好むドイツ神話を題材としたニーベルンゲンの指輪 Der Ring des Nibelungenだ。

ヴァークナー(1813-1883)
【Wikipediaより引用】
 ヴァークナーが実に26年を費やしたこの超大作の全曲世界初演 (序夜ラインの黄金 Das Rheingold* に限った部分初演は1869年) でもあり、その日観客席にはルートヴィッヒ2世の他、同王とかつて干戈を交えてこれを打ち負かしたプロイセン王ヴィルヘルム1世 (まもなく統一ドイツ帝国初代皇帝となる) や同時代の楽聖リストやチャイコフスキー等の姿があった。 もっとも、スーパーな自分をタニマチが支援するのは当然とみなす俳優や関取が少なくないように、天上天下唯我独尊的自信家 (資産家に資金援助を求める際「私に出資する栄誉を与える」と口上し、断られると逆切れしたという) のヴァークナーはそれ程ルートヴィッヒ2世に個人的に感謝していた訳ではなさそうだ。王はヴァークナーにその楽劇を「ルートヴィッヒ2世との共同作品」と呼ぶ提案をしたが、拒絶されている。

新白鳥石城(中央)のと(旧)白鳥石城(右下)
【絵葉書をスキャン】
 王は更に桁外れに高価な芸術作品を作り始める。築城であった。しかも複数だ。彼の譲れない美的傾向が1種類ではなかったので、その美を体現する城もまた一つではあり得なかったのだ。まず、彼の憧れの中心は神話的で現実離れしたお伽の国的な美だった。メルヒェン王 Märchenkönig と呼ばれる所以で、余りに有名なノイシュヴァーンシュタイン (新白鳥石) *Schloß Neuschwanstein は、このお伽の国系の代表作だ。この命名は王が幼少期を過ごしたホーエンシュヴァンガウ城がその改修前はシュヴァーンシュタイン (白鳥石)Schloß Schwanstein と呼ばれたのに対応したものと思われる。素朴で地味な要塞 Burg 系の城が多いドイツにあって、繊細で異様に華やかな、極めて非ドイツ的なこの城が、今日ドイツを代表する名城になっている。

彼にはお伽の国系の美への憧れと共に、絶対王政のシンボル的存在だった太陽王ルイ14世 (ちなみに独カール・英チャールズ・仏シャルル・西カルロスが同名であるように、ルイはルートヴィッヒのフランス名だ) への憧れも強かった。ヘレン・キームゼー城* Schloß Herrenchiemseeはこの王権系の作品だ。ルイ14世のヴェルサイユ宮殿を範にしたのは外観を見ただけで明白で、鏡の間の大きさに至っては「本家」を凌いでいる程だ。国境に軍靴の響きが近付く風雲急を告げる乱世に、小国バイエルンが大国フランスに大砲の性能と数ではなく宮殿の華麗さと大きさで張り合おうとしたのは、恐るべき国家判断だった。この壮大な滑稽を、ヴィスコンティ監督は後述の映画の中でエリザベートに海老反りにのけぞって笑わせている。

一天万乗の誇りを見せるルートヴィッヒ2世
【リンダーホーフ城のHPより引用】

 小型の故か唯一完成した リンダーホーフ城* Schloß Linderhof は、お伽の国系と王権系、王が尊敬したヴァークナー、そして王が憧れた美貌の従姉エリザベートという彼の諸々の夢が、コンパクトに合体したいわばダイジェスト版の城だ。即ち、ルイ14世のヴェルサイユの大トリアノン le Grand Trianon 離宮も参考にした小城にはルイ14世やマリー・アントワネット等絶対王政のシンボルの像が並び、お伽の国の宮殿のような寝室* はロココの嵐だ。天蓋には王家の巨大なワッペン* がどーんと飾られ、ヴェーヌスグロッテ Venusgrotte (ビーナスの洞窟) と名付けられた人工鍾乳洞* にはヴァークナーのタンホイザー (正確には「タンホイザーとヴァルトブルグの歌合戦 Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg 」) の場面が演出されている。そしてこの歌劇では主人公の騎士タンホイザーは、「美貌の親戚エリザベート」と清き愛で結ばれているのだ。

彼は更に4作目として東洋風の城も希望していたという。もしあのルートヴィッヒ2世が造れば、英ブライトンにあるとてつもなく愉快な Royal Pavilion* (ジョージ4世作)より更に奇抜な東洋建築になっていたであろうと思うと (当時の納税者には気の毒だが) 実に惜しい。
 この芸術王は自分が乗る列車にも情熱を注ぎ、宮廷列車史に残る名作を遺した。幸い実物は現存し、ニュルンベルグの交通博物館 Verkehrsmuseum Nürnberg の中核をなすドイツ鉄道博物館 DB-Museum (以下DB博物館) で保存されている。車内に入る事はできないが、窓から覗き込んで存分に溜息をつく事はできる。以下この美し過ぎる列車を DB博物館のHP*の解説を軸に、時代背景と孤独な王の人間模様にも触れながら、微に入り細に入り2話にわたってご紹介する。
 
(第23話 傾国の美城に殉じた白鳥王の宮廷列車 II に続く)
 
 
     
 
本連載の画像・音声・動画は引用注記の無い限り筆者が撮影・録音。
資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
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