Trans Eurasien Expreß seit 2002

 
erscheint i.d.R. vierteljährlich und behandelt bedeutende und/oder interessante Eisenbahnen und sonstige Transportmittel in der Welt, mit Vergleichen zwischen Japan und dem Ausland, Geschichts- und Kulturvergleichen - je nach Thema der Ausgabe. Alle Fotos, Ton- und Videoaufnahmen wurden vom Author selbst aufgenommen, soweit keine fremde Quelle ausdrücklich vermerkt ist.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
24.傾国の美城に殉じた白鳥王の宮廷列車

Das Neuschwanstein auf Rädern - Teil 3 von 3

- III ルートヴィッヒと新選組に見る滅びの美学 -
今回の取材地:
ドイツ
日本


バイエルン王立鉄道のロゴも誇らしげな
トリスタン号のテンダー車(炭水車)
 貴族出身のヴィスコンティ監督は滅びの美を演出するには適任で、そのドイツ3部作の最後を飾る前出の映画の中で、滅びゆく特権世界が絢爛たる最後の輝きを放つ様を水を得た魚のように微に入り細に入り描き出している。ルートヴィッヒ2世を、近藤勇や土方歳三という一見無関係の男達と、この「滅びの美学」という視点から比べてみると面白い。彼らは去りつつあった時代に憧れ、そこに一途に突き進んだアナクロニズムという共通項を有し、その点を愛する現代人は少なくない。フュッセン近郊のノイシュヴァンシュタイン城の入口は常に長蛇の列だし、ルートヴィッヒ2世のお伽列車はDB博物館の目玉だし、新撰組最初の屯所があった京都・壬生郷の旧八木邸や旧前川邸周辺の店は新撰組グッズで溢れ返っているのだ。

かつては国王による単なる統治の客体に過ぎなかった市民階級は啓蒙思想で覚醒し、ルートヴィッヒの頃には産業革命で経済的にも力をつけ、一握りの世襲特権階級が蒙昧な民と低い生産力を支配するという中世的コンセプトはもはや時代に合わなくなっていた。勃興した市民階級による王権への民主的統制が強まるにつれ、国王の権限は次第に名目化され王室予算も削られていく。前述の映画の中盤、ヴァークナーの愛人コージマから20万グルデンの資金援助を無心されたルートヴィッヒ2世が「国庫に貸付金を申請し、閣僚の承認を得なければ…」と頭を抱える場面がある。そこでは無限の輝きに包まれていなければならない筈の王権に、実は既に実体・手続両面で既に枷がはめられているせつない現実が示されている。


車体横腹に輝くバイエルン王国Königreich Bayernの紋章。
車内(第23話の写真参照)天井のフレスコ画も見える。
 王権が名目化しつつある事が見えていたシシイは、ここが全く見えていない(或いは見ようとしない)ルートヴィッヒに何度も忠告する。が、この夢見る従弟は慎ましく振舞うどころか、逆走したまま忠告に反発するようにアクセルを踏み込んで行く。王政の時代が去ろうとしていたこの時に、中世にすら実在しなかった空想の王朝絵巻をそのまま形にしたような城を続々と造営し、更にその王城の一角がそのまま移動空間と化したようなお伽列車を走らせてしまう。予算も民主的統制も全く眼中に無く、妥協も拒否し、それがどういう政治作用を惹き起すかも頓着しなかった有様は、ヤケクソにすら見える。しかし、時代の潮流に真っ向から逆流して王権の究極の美を実現しようとしたこの破滅的無謀さは、去り行く王権に最後の輝きを放たせる結果にもなった。

 大きな時代の終わりには大きな発光現象があるようだ。隣国オーストリアも欧州屈指の名家ハプスブルグ家による帝政末期を迎えていたが、芸術・科学は爛熟し、マーラー Gustav Mahler、ブラームス Johannes Brahms、シュトラウス Strauss 父子、クリムト Gustav Klimt、フロイト Sigmund Freud 等、綺羅星のような人材を次々と噴出する異様な輝きを放っていた。



旧前川邸(京都市中京区)
 大きな時代の転換点にあって、滅びの美が輝いたのは欧州だけではない。同時代の日本は幕末。戦国時代末期の力学に基づいて考案された幕藩体制は戦乱防止に重点が置かれ軍事組織をそのまま統治機構としたが、肝心の徳川軍の軍事力自体が長い平和で錆付き、旗本八万騎がそのまま八万の張子の虎と化していた事が第二次長州征伐の失敗で実証された。そもそも農業主体の脆弱な生産力で人口の約1割も占める武士という軍人兼官僚機構を養うシステムは効率の悪い統治モデルだった。徳川体制の構造的限界が見えてきた所に、産業革命という人類史的脱皮をいち早く済ませた欧米列強による植民地化の危機が迫った為、源頼朝以来7世紀弱も続いた武士主導の封建社会は遂に行き詰まっていた。

武士の時代が去ろうとしていた正にこの時に「武士的である事」に最大の価値を置き「諸事、士道ニ背ク間敷事」を局中法度の第一条としそれを鉄の規律で守った新撰組には、ルートヴィッヒ2世の超アナクロニズムに通じるものがある。長州軍の主力となった奇兵隊が徳川体制の根幹だった武士の軍事独占という身分制を廃するという革命的コンセプトに基づいていたのは革命軍だから理解できるとしても、徳川封建体制を死守する側の新撰組も、革命軍同様に出身階級を問わなかった(中核メンバーの近藤勇・土方歳三・沖田総司ら天然理心流の試衛館OB組は皆多摩の百姓出身だ)のは興味深く、新撰組そのものが矛盾を抱えた存在だった。奇兵隊と新撰組は、身分を超えた実力主義という革命的コンセプトのみならず、単なる傭兵軍には無い強い理想で糾合されていた点でも共通していた。ただ、その理想のベクトルの方向が正反対だった。即ち、奇兵隊の理想は維新回天という時勢と同方向を向いていたのに対して、新撰組の場合は全く逆方向の佐幕だった。滅びゆくものへの強烈な愛惜を利害を超えて行動に移せば、その先にあるものは破滅しかない。それを承知で自己の信じる理想に殉じる時、そこに滅びの美学が生まれる。滅びるべくして滅びるものであっても、利害を超越した精神的大花火に美を感じる人は少なくない。この滅びの美は、恒星の寿命が尽きた時に超新星爆発を起こし燦然と輝いて果てる様に似ている。但し、超新星爆発は質量の偉大な星の最期にのみ観察され、小物では発生しないというところも何か人間界と通じるところがあって面白い。


かに星雲の美しい光芒は超新星爆発後千年弱を経た残照だ。千年前の
藤原定家の明月記には日中も輝きが見えた旨の爆発当時の記述があるという。
【Wikipediaより引用】

 更に面白いのは、滅びの美学に含まれるアルコール成分が美の信奉者を殊更そう酔わせるのか、その滅びゆくものに本来あった以上に美を劇画的に強調する傾向がある事だ。先の新撰組の例でも、私闘に際して傷を負わされながら敵を仕留めなかった隊士は切腹すべし、のような戦国時代の侍にもなかった峻烈な掟を設けたと伝えられるのは良い例だ。 ルートヴィッヒもこの意味での新撰組的要素を持っている。彼の最大の遺作となった新白鳥石城は絵本のお伽の国からそのまま出てきたような非実用的で特異な形をしており、ディズニーランドの城* のモデルになったとも言われている。過去ドイツで作られたどの城でも、これよりも華美で非実用的な華奢な躯体を持つものを知らないが、そもそも王がこの城の設計を依頼した相手が建築家ではなく、舞台芸術家だったというところに、この城の本質が良く表れている。同様に、彼の宮廷列車もまた(中世には鉄道は存在しなかった点を割引いても)、王権華やかりし頃にすら存在しなかった、お伽の王国のお召列車だった。その劇画性は限られたスペースの車内にもふんだんに現れている。第23話でご紹介した写真は中央区画の王座の間のテーマカラーは青(但し装飾過多でベースの青はほぼ隠れてしまっている)、従者の間は赤、そして写真撮影は不可能だったが寝室は緑がベースカラーと、光の3原色を使った3区画を1両のサロン車に詰め込んでいる。

このように、近藤勇の局中法度も、ルートヴィッヒのお伽の城やお伽列車も、近藤が憧れた武士の世界やルートヴィッヒが憧れた中世王国にも、現実には遂ぞ存在しなかったファンタジーを、それぞれ時代の最後になって形にしたものだった。


池田屋跡地(京都市中京区)。
維新史最大級の史跡が、パチンコ屋になっている。
 しかし物事は常に醒めた目で見る必要がある。これらの魅力の一端が滅びの美学にあるとすれば、なぜそれが人を惹き付けるのだろうか。ルートヴィッヒは国民の血税を自分の趣味に注ぎ込んだ浪費王だし、新撰組に到っては反幕派を裁判も無しに斬りまくる凶暴な治安ないし公安警察に過ぎない。もっと言えば元治元年(1864年)の池田屋事件の前日には、土方らは逮捕した長州の古高俊太郎を前川屋敷の蔵(現存)の中で逆さ吊りにしその足の甲を五寸釘で打ち抜き、その生傷に高温の蝋を流し込む残酷な拷問をやってのけている。坂本竜馬の墓(京都市東山区)の背後でひっそり眠るこの古高にしても、松下村塾の秀才といわれながら池田屋で新撰組に屠殺された吉田稔麿らの志士にしても、生きておれば維新の元勲に名を連ねたであろう男達だ。なのに、なぜ人気があるのか。

 それは、機能が類似する他の組織と比べてみると違いが浮き上がる。治安警察というものは元々市民に人気の無い業種だが、その極めつけは独裁時代のハイチのトントン・マクート* だろう。これは暴力的な治安警察という点では新撰組と類似するが、当時の独裁政権が反対派を武力弾圧する為市民への略奪黙認を餌に吹き集めた、理想も規律も無い無給のごろつき集団であり、現代史に残るとんでも治安警察だった。トントン・マクートは極端な例としても、新撰組が他の治安警察と一線を画するのは、隊士が武士への憧憬・徳川家への忠義という精神的な原理で糾合され、秋霜のような隊規に粛然と服していた点だ。


夢の超特急もヒットラーが企画するとこうなる。
移動容易な椅子が並ぶ中列は撤去して舞踏会にも対応可能な構造なのだろう。
この巨大な窓の外側を 時速200キロ超で景色が流れる、筈だった。
 もう一つ別の極端な例を見てみよう。全く別次元の途方もない列車構想だが「滅びの美学」成分の含有量ゼロ、という例だ。ヒットラー Adolf Hitler の怪物列車構想第11話* 参照)がそれで、偶然これもドイツだ。DB博物館の入口付近にこの超広軌列車の完成予想図が掲げられている。外洋船の大ホールのような巨大展望車や地方都市の映画館並みの映画車も凄いが、食堂車の完成予想図(上の写真、多少修整)の広大さには腰が抜けそうになる。格式あるホテルの吹き抜けの大ホールのようなこの大空間を時速200~250キロで疾走させようというのだから、こちらもただ事ではない。採算性度外視の、覇王共が夢の跡という点ではルートヴィッヒの宮廷列車と同じ、どころかスケールが桁違いにでかい。

だが今日、この怪物列車構想やその発案者ヒットラーを賞賛する者はいない。模型化しようという会社も皆無だ。何故か。それはこの列車が、膨大な犠牲者を出したヒットラーのアーリア人至上主義を視覚的に「証明」する小道具(大道具と言うべきか)の一つに過ぎなかった、その胡散臭さが耐えられないからだ。面白いのは、当時国民を煽動して熱狂させる事に成功したヒットラーが今日では公の場で彼の思想を支持したりシンボルを用いただけでドイツでは刑事処罰される
第8話* 参照)ほど唾棄される存在になっているのとは全く逆に、自らの信じる美だけを黙々と追求した「滅びの美学」系のルートヴィッヒ2世や近藤勇は、当時は浪費王だの、壬生狼(みぶろ)だのと国民に嫌われたのに今日ではファンが多いという具合に、人気が当時と後世で逆転している点だ。

こうして見ると、滅びの美学というものに共鳴する人々は、かつて広く信じられたが今は顧みられなくなりつつある価値観を信奉し、その価値観との心中すら厭わない、利害抜きのスコーンと抜けた愛情の純度の高さにこそ、輝くものを見付けるのだろう。


TRIX
社のH0模型の箱に描かれたトリスタン号牽引の
宮廷列車と、ロココ調の橇に駕すルートヴィッヒ2世
 ルートヴィッヒ2世の現代における人気を示す指標は多いが、鉄道模型の世界という小さな鍵穴から覗いてみても、彼ほど鉄道模型のテーマとなった個人はいないだろう(私は本稿が鉄道記事である事を忘れていない)。まず、彼の宮廷列車そのものも私の知る限り3種類のゲージで模型化されている。だが何しろ装飾豊かな列車なので小さなZゲージでは細かな作り込みの表現には限度があり、H0(日本ではエイチ・オーと呼ぶのが一般的だが、「Spur halb-Null =ゼロゲージの半分」の略記なので発祥地ドイツではエイチ・ゼロに対応するハー・ヌルと呼ぶ)以上のゲージが望ましい。 H0 ゲージは TRIX 製があるが、生産量が少ない。執念深く探していたらネットの威力でオランダの聞いた事もない田舎町で売りに出ているのを突き止め、無事確保した。
 ルートヴィッヒ2世をテーマにした鉄道模型は、当時実在した彼の宮廷列車の模型だけではなく、イベント列車、更には架空の列車の模型まで賑やかに存在するところが凄い。上の写真は新白鳥石城の絵を車体に描いた汎用ディーゼル機220(旧V160 、右側はそのストレッチ版のV320。この古赤 altrot と称する渋いドイツ連邦鉄道時代のディーゼル機関車初期標準色と220特別機の大胆な塗装の差が時代の流れを感じさせる)の模型だ。この実物がルートヴィッヒ2世を偲ぶミュージカル会場への特別列車を牽引した。このようなイベントに鉄道模型の老舗 Märklin 社もタイアップしているところが模型大国らしくて面白い。


王の愛した白鳥がモティーフになっている
 この特別塗装の220はイベント用に実在したが、全く実在しなかった純粋ファンタジーの模型もある。上記ミュージカル参加者限定でルートヴィッヒ2世をイメージした装飾を施した極彩色の模型も販売された。19世紀後半の雑型2軸客車の模型を種車にした完全な創作だが、ファンタジー一杯の(これこそが彼のイメージなのだろう)楽しい作品群だ。

 音楽に造詣の無い私はドイツ勤務中もこのような催しに参加しなかった為、後日これらの模型を散々探し回る羽目になった。帰国後数年経ったある日、模型愛好家の心の友・銀座天賞堂4階の中古品フロアで何かゆゆしげな掘出物でも無いか、模型だかおもちゃだか骨董品だかわからないがらくたの箱を漫然と掘り返していたら偶然このセットを掘り当て、目を疑った。対象を絞った鉄道模型の蒐集は一期一会の世界なので、こういう一瞬は我家の財務大臣の存在は忘却の彼方に吹っ飛んでいる。



これは…何だろうか?右側のエキゾチックな椰子のデザインの客車は王が
企画していたというオリエント調の城を大胆にイメージしたものかもしれない。
 まだある。ルートヴィッヒの名を冠したビールもあり、その有蓋ビール貨車も模型化されている。たかがビール貨車とは思えない重厚な気品漂う一品だ。試しにこのビール会社の名を Google で調べてみたら実在し、しかも同社の HP* によるとルートヴィッヒ2世のいとこで最後のバイエルン王・ルートヴィッヒ3世の子孫(という事は Wittelsbach 家の末裔という事になる)ルイトポルト王子 Luitpold Prinz von Bayern が始めた醸造会社だという。

同社オーナー直系の祖先はルートヴィッヒ3世にもかかわらず、HP では傍系のルートヴィッヒ2世を前面に出しており、2世の今日の人気が窺える。例えば同社直営のレストランの代表メニューとして HP で紹介されているものは、2世がプロイセンの巨魁ビスマルクを招待した時の料理だ。鱒のオランダソース添えとか、当夜のテーブルを囲んだ顔ぶれの豪華さとは逆にその辺のドイツの社員食堂 Kantine にもありそうな並の料理だ。自国がプロイセンの軍門に降らなければならなかった事へのルートヴィッヒ2世の不快感の表現と解釈するのは穿ち過ぎか。この HP では自社のビールを「王の味」と形容しているが、果たして王の味とは蜜の味か苦汁の味か。
 第22話* で述べたように、VIP は常にテロの危険と隣り合わせだ。体制末期の動乱期には尚更である。ヴィスコンティ監督は、芸術支援に努めた名君として歴史に名を残そうとする(実際そうなったが)王に対して、その奢侈贅沢を戒める Sisi をして「君主というものは所詮見せ物で、暗殺でもされない限り歴史とは無縁の飾り物に過ぎないのよ」と言わせており、両名の運命を暗示している。Sisi ことオーストリア帝国皇后エリザベートは1898年、スイス・レマン湖畔で無政府主義者のテロに遭い落命した。その横死の9年前、彼女の息子ルードルフ皇太子も愛人とピストルで心中したとされるが、現場には鋭利な刃物で切断されたようなルードルフの右手首が落ちていたとする、心中説と矛盾する具体的な目撃証言もあり、こちらも暗殺説がある。
今はミュンヒェン通勤圏となった高級住宅地が広がるシュタルンベルク湖 Starnberger See 畔に場違いな十字架* が立っている。1886年(明治19年)6月13日夜、不惑のルートヴィッヒ2世はここで水死体で発見された。その4日前に王は禁治産宣告 Entmündigung されていた為この措置に儚んだ狂死ないし憤死として処理されたが、ベルク城で完全拘束下にあった王の、夜間人目の無い湖畔での死には不自然な点が多い。前出の映画でも、①ホルンシュタイン伯爵は王の遺体発見現場に着くやいなや、遺体検分もせずに「王は同行したグッデン教授を殺害のうえ自害された」と予め用意した声明文を読み上げるかのように唐突に言い放った②真暗な湖畔に通じる城門を警備兵が何故か開けていた等、「予定の死」であった事を暗示するシーンが散見される。この長い映画のラストは、遺体搬送を兵に急がせるホルンシュタインが「インメディアタメンテ!(immediately のイタリア語だろう)」と緊張した声で叫ぶシーンで終わっている。ヴィスコンティ監督は謀殺説に1票のようだ。


歿年のルートヴィッヒ2世。ちょん髷のような
髪型だが、子供のように澄んだ目が印象的だ。
【Wikipediaより引用】
 プロイセンによる天下統一の過程で南独の雄・バイエルンの急所が王座の主にある事を見抜いていたビスマルクは、同国を攻め潰す手間を省く為の調略の手段として築城費の一部援助を申し出、王はこれに飛びついた。だが、あくまで一部であった。ドイツ帝国の1領邦として、ゆくゆくは統一ドイツの1州* として財政再建が待った無しのバイエルン政府にとって、万能の王権の夢の中にいて築城を止めないばかりか続々と新城を企画するルートヴィッヒは何とかしなければならない存在だった。滅びの美は後世にこそ鑑賞されるものであって、勢力地図が急速に塗り変わりつつある最中に社会的地位ある者が滅び行く価値を死守する行為は、たとえ本人に政治的野心が無くても、時勢に逆らう許容し難い政治的行為と見做される。しかも、軍部には廃王を支持する警戒すべき動きもあったという。或いは事実、白鳥王は家臣どもの天誅に遭ったのかもしれない。

 だが、虎は死して皮を残すという。良くも悪くも少年の心を持ち続けたこの稀有な虎は、死して美城とお伽列車を後世に残した事になる。

 
     
 
本連載の画像・音声・動画は引用注記の無い限り筆者が撮影・録音。
資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
意見にわたる箇所は全て筆者の私見である。
   
 
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