Trans Eurasien Expreß seit 2002

 
erscheint i.d.R. vierteljährlich und behandelt bedeutende und/oder interessante Eisenbahnen und sonstige Transportmittel in der Welt, mit Vergleichen zwischen Japan und dem Ausland, Geschichts- und Kulturvergleichen - je nach Thema der Ausgabe. Alle Fotos, Ton- und Videoaufnahmen wurden vom Author selbst aufgenommen, soweit keine fremde Quelle ausdrücklich vermerkt ist.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
28. アルストム帝国の逆襲

TGVその1 - 欧州を席巻するTGVの大編隊 -
今回の取材地:
フランス
イギリス
スイス
イタリア





欧州各地に向かう多くのTGV派生形式が集うパリ北駅。
フランスの特急列車の多くは既にTGVに置き換えられた。



民営化が進む欧州の鉄道界で国有方式を堅持するフランス国鉄 SNCF (註1) の誇る超高速列車 TGV (註2) については既に 第1話 で「磁気浮上方式 対 鉄輪方式」という視点で取り上げたが、今回は TGV そのものに焦点を合わせる。まず早くも四半世紀超の歴史を持つに至ったTGV の高速化の足跡を駆け足で眺め(今号)た後、英国乗入(次号) と世界展開(次々号)に焦点を絞り、3話に分けてご紹介する。






欧州各地を高速で駆け抜けてきた精悍な顔には、経由各地の田園を飛び遊んで
いた無数の虫たちの死骸がこびりつき、LED化された尾灯に照らし出される。




1 最高速バトル(注3) ①営業運転編

狭軌という低規格で出発した日本の鉄道は 高速運転とは無縁 (註4) の世界にあったが、1964年の東海道新幹線の開通により当時世界最速の210㌔で営業運転を始め、一気に鉄道先進国に躍り出た。国鉄末期の1981年、SNCF アルストム社* 製の戦略機 TGV を投入して世界最速の座を奪還、映画 ALWAYS三丁目の夕日* 数年後の開業当時の最高時速210㌔のまま小さく固まってしまっていた東海道新幹線 (この最高速度は64~86年の実に22年もの長きに亘り維持された) を+50㌔という大差で抜き去り、「日本の新幹線は世界最速」という 戦後日本神話 (註5) の一つはここに終わった。翌82年に規格を向上した東北・上越新幹線が開業し (但し当初はやはり210キロ) 反攻の素振りを見せるや SNCF は首位の座は再び渡さない決意を翌83年に時速270㌔に上げる事で示し、更に89年に 300㌔ 、2007年より320㌔運転を開始した(註6)






イギリスの鉄道が最も輝いていた頃の傑作機マラードMallard号。戦間期に時速125.88 mph
(202.58 km/h)の蒸気機関車世界最速記録を達成。派手な塗色も自信の為せるわざか。今はヨークの
鉄道博物館National Railway MuseumでJR西日本から寄贈された新幹線0系と並んで展示されて
いるが、訪れた時はロッド修理の為ピット入りしており、惜しくも日英スターの競演は見られなかった。




(註1) Société Nationale des Chemins de fer Français
(註2) テ・ジェ・ヴェ、高速列車 Train à Grande Vitesse の略
(註3) 本稿脱稿後、ドイツのICE3の技術を導入した中国高速鉄道のCRH3が350㌔運転を開始した。機会があれば別稿で紹介したい
(註4) 1958年に颯爽と登場した151系電車特急こだま*でさえやっと110㌔(高速試験163㌔)だった。
(註5) この神話は筆者を含めた高度成長期の少なからぬ日本人の誇りだっただけに、騒音問題という人口過密国の宿命的課題を割り引いてもこのニュースに接した時はショックだった。
(註6) 日本の270・300㌔運転はそれぞれフランスより9年遅れ(JR東海300系)・8年遅れ(JR西500系)だったが320㌔運転は2010年の東北新幹線青森延伸時と発表されたので計画通りだとフランスより3年遅れとなり、タイムラグは縮小傾向にあるようだ。がんばれ!ニッポン!
 
2 最高速バトル ②高速試験編

高速試験バトルになるとフランスの猛威は凄まじいばかりだ。戦前はほぼ ドイツ機 (註7) の独擅場だったが、戦後は様相が一変する。ベルリン陥落後僅か10年の 1955年 (註8)フランス機 (註9) 2機が架線を溶かし軌道を蛇行動で破壊しながらもそれぞれ時速331㌔の世界最速タイ記録を1日違いで達成。1972年、元祖 TGV TGV001ガスタービンエンジン第13話参照) の金属音 (註10) と共に時速318キロの 非電化列車 (註11) 世界記録を樹立、以後は TGV 一色となりフランスの韋駄天野郎のぶっちぎり独走を誰も止められないまま今日に至る。

1990年、TGV-A 特別編成が 515.3㌔(註12) を記録。驚くのはまだ早く、2007年には更にパワーアップした TGV-V150 が驚天動地の 574.8㌔* をマーク。余りにも速すぎてピンと来ないが、「のぞみ」の東海道区間の最高速度を更に300㌔以上上回るスピードと形容すれば、その凄さが実感できる。大型機の離陸速度は約300㌔なので浮上しないのが不思議な速さで、 磁気浮上式の超高速リニア(註13) にすら肩を並べる豪速ぶりだ 第1話 参照)。1955年以降の世界記録は全てフランス機が独占している (BB9004を除き全てアルストム社製)

この時速600㌔目前という金字塔的記録達成時は、両端の TGV-POS (後述) 用機関車の出力増強・動輪直径拡大、中間の TGV-Duplex 用無動力客車は減車のうえ 1基1000kw (註14) という鬼のような強力モーターで 電車化 (註15)、開業前の新線利用、臨時昇圧 (25kv→31kv) という、記録達成の為の 無理無理の環境 (註16) ではあったが、それでも凄い。







メカニカルな美が強調される銀色と灰色の配色のTGV の鼻先がずらり並ぶと
戦闘機の一隊のような迫力だ。オレンジ色の1編成はTGV-PSEのオリジナル塗色。



(註7) 戦前の最高記録はプロペラ推進の Schienenzeppelin の230.2㌔(1931年・第6話 参照)、ディーゼルではVT877・その量産型SVT-137型気動車 Fliegender Hamburger (空飛ぶハンブルグっ子)号の215㌔(1939年)、電車では1903年に210.1㌔、全てドイツの記録だ。但し蒸気機関車の部では独BR05の200.4㌔(1936年)は英国のマラード号Mallard の202.6㌔(1938年)に僅差で及ばず。
(註8) 1955年当時の日本最高記録は C62の129㌔(1954年)、電車では 80系 の125㌔(1955年)で、当時の日本では蒸気機関車の方が速かった。
(註9) BB9000型9004号機とCC7100型7107 号機
(註10) ガスタービン方式の 急行車RTG (通称ターボトレイン)現役当時の ジェット機のような空吹かし音 (58秒)と パリ北駅発車音(英仏2ヶ国語の発車案内から発車までの約50秒のブランクを含め2分55秒)を添付する。筆者が学生だった80年代の録音当時、この北駅発ブーローニュ行RTGはホーバークラフトに接続(案内放送の内容に注意)、英国区間のみは並の鈍足急行だったが当時英仏を陸路で結ぶ最速の交通手段だった。RTGの駆動系を発展させたTGV001のエンジン音もこのようなものだったと想像する。
(註11) 翌年勃発した石油ショックでTGVは悪燃費のガスタービン方式から電気機関車方式に変更されたが2008年の脱稿日現在の原油価格の投機的高騰に鑑みてもこの判断は正しかったといえる(フランスの電力の大半は低コストの原発から供給される)。
(註12) JR西は虎の子500系の開発に際しTGVとの勝負を敬遠し、500系のプロトタイプのWIN350の高速試験は目標とした時速350㌔に達した所で加速を中止した。
(註13) 営業最高速はドイツ・トランスラピッドTR08(現在上海のみで営業)の430㌔、高速試験では日本のMLX01の581㌔(2003年12月)。
(註14) 初代新幹線0系と最新のN700系のモーターは1基それぞれ185kw・305kw。
(註15) つまり機関車1960kw x 4の重連+電車1000kw x 4で234tの編成出力19680kw≒25500馬力(鉄腕アトムの10万馬力はこの約4倍で、今思えば凄い設定だった)、トン当たり出力67kw/t(東海道新幹線0系は約12kw/t、N700系は約24kw/t)。
(註16) これだけの大仕掛けなのでテスト費用も3000万ユーロ(約50億円)と桁外れで、アルストム社・SNCF・RFF(軌道・駅舎等のインフラを保有するフランス鉄道線路事業公社)が分担したと報道されたが、凄い熱意だ。次世代超高速列車用に磁気浮上リニア方式を提唱する日独への牽制の趣旨もなければ、とてもこんな巨額の予算は正当化できないだろう。


TGV-V150
は未遭遇なのでイメージ写真で代用する。左からパリの街角の公証人の看板・フランス国旗(於
・凱旋門)・欧州旗(於サンカントネール)。なぜこれらが
TGV-V150 のイメージたり得るかは本文ご参照。
3 秀逸なプロモーションビデオ(PV)

TGV-V150の公式PV* も非常に興味深い。冒頭で技術データを簡潔に紹介した後、この稀代の駿馬が庫内で目覚め、未明の基地をゆっくり後にする。日が昇り、小鳥のさえずりのみが聞こえる林の中の高速線に静かに佇立する TGV-V150。電動化された連接台車等ハイテクメカの細部がフラッシュで挿入され、静寂の中に渾身鳴る程力が漲っている様子が伝わる。牧歌的な車外とは対照的に緊張した会話が飛び交うコックピット内では発車1分前の放送が流れる。深呼吸する運転手。指令係の départ デパール (出発) という落ち着いた指示と共にノッチが入り、巨体が動き出す。現在速度を点呼しつつ加速を続けるが、(日独の高速試験車の最高速域である)400km到達時も全く無感動に言い捨て、更に加速を続ける。前回の世界記録515キロ到達時も当然という表情だ (これを見せられると300キロ台の記録達成でレポーターが興奮して大騒ぎをしているニュースは恥ずかしくて見ていられなくなる)。ここで注目すべきは超高速運転への「自信の演出」のうまさだ。まず、誰も叫ばず全体が落ち着いており (註17) (それだけに記録達成の瞬間の車内の高揚がストレートに伝わってくる)、言わずもがなのナレーションも無い。危険が伴うかもしれない未曾有の超高速試験にもかかわらず招待客やマスコミをぎっしり乗せ、1等車には錚々たるVIP (フランス国鉄SNCF総裁(女性)・ALSTOM Transport 社長等) が寛ぐ。このような自信に満ち溢れるトーンで新幹線の走行シーンの倍速早送りのような強烈な映像を見せられると、見終わった後にはSNCFやアルストム社への深い尊敬と信頼を残さずにはおかない。公証人まで乗せて人類的記録の正確性を担保するのも法治国家らしくて良い。また、日本の映像作成者が好みがちな、開発担当者が感涙に咽ぶ類の内輪シーンが一切無いのも良い (買手の側は性能・安全・価格以外の、開発者の内輪の事情には何の興味もないのだ)。フランスのTGV輸出 第30話参照) にかけるこの「絵になる」高速試験の演出に見るプロフェッショナリズムは、日本も見習うべきところは多い。

 
(註17) まだ人種差別が色濃く残っていた筆者が子供の頃、ドイツで流行していたアメリカの戦争漫画では米軍将兵は滅多に叫ばず、ずっしりと落ち着いているのに対して、露骨な侮蔑をこめて猿のように描かれた日本兵が皆キーキー大声で叫んでばかりなのを周囲のドイツ人の子供達に大笑いされ、子供心にも屈辱に震えたものだ。今でも映画の吹き替えで英語版が落ち着いて低い声で喋っているのに日本語版が甲高い声で軽薄な喋り方をしているのを聴く(特に女声でこの傾向が強い)と気が重くなる。


人類的記録・574.8km/hを記録した高速試験車TGV-V150(模型)

「ハイテクのフランス」を視覚的に、しかし嫌味にならない程度でアピールする為に、三色旗が機関車腰部 (写真下・一見目立たない位置に見えるが、ホームが低い為にPVでは記録達成後運転手が下車するシーンで丁度カメラの位置に来る) のみならず客車の屋根にも描かれ (写真上・PVでは空撮や橋脚上からの撮影で何度も登場)、車両デザインも含めてPVから全て逆算されて綿密に計画されているのがわかる。時速600キロ近い超高速で疾走する目標を好みのアングルで正確に撮影するには高度な腕が必要だし、そもそも神出鬼没の試験列車の実物を拝む事自体が至難だ。しかし模型ならばどんな高性能車でも好みのポーズを取らせて自宅で水割りでも舐めながら納得の行くまで撮影する事ができる。上の写真は Jouef 製模型だが、実写なら撮影困難な屋根上の三色旗もこの通りだ。また、先頭形状は TGV-POS そのままにシンプルで傾斜部分も短い事がわかる。これで時速600キロ近い超高速が出せるなら、遥かに足の遅い JR東日本E954形高速試験車* の奇怪なまでに複雑で長いノーズは騒音対策の為だけという事になる。また、中間車3両中の2両目のみ車体が短く、1階が機器室になっている事に模型を見て初めて気付いた。車体側面一杯に躍動するドラゴンのような波模様は巨大市場・中国に向けた秋波のように見えるのは、僻目か。

 


初期のSE型の先頭部は結構凹凸があり、四半世紀の時の
流れを感じさせるが、ハイテク兵器のようなメカ美は健在だ。
4 メカ的特色

TGV軽量客車の両端を電気機関車が挟む方式 (註18) を採用し、独DB ICE1*、西 RENFES102*(通称 Talgo 350、伊FSETR500*もこの方式に倣い、欧州型超高速列車の標準スタイルとなった。これは (日本の新幹線開業以来の) 電車方式と比べ、加減速性能では劣るが大型モーターによる最高速性能・保守の容易性・編成全体の製造コスト・客車の静粛性で勝るとされた。しかし VVVF (可変電圧・可変周波数) モーター技術の進化により客室の下に納まる小型高性能モーターが出現し、無動力客車の機械式ブレーキの保守の手間も考え併せると電車方式の短所は次第に相殺され、独 ICE 第3世代 ICE3第11話参照) は遂に電車方式に変更した。仏 TGV も次世代からは電車方式の AGV (註19) となる。

 
(註18) 電気機関車1両+短いプッシュプル客車の組み合わせ例としては独ICE2、英IC225、瑞X2000等がある。
(註19) ア・ジェ・ヴェ、高速自走車 Automotrice à Grande Vitesse の略。2008年1月、イタリアの億万長者が設立した純粋の私鉄・ Nuovo Trasporto Viaggiatoriがイタリア国鉄FSの軌道上を時速360㌔で長靴半島を縦走させる予定の超高速鉄道用に、仏アルストム社製のAGVを導入すると報道された。


左:背が伸びたTGV-POS用の機関車(右)も、在来機(赤色はスイス連邦鉄道の電機)
と並ぶと、驚くほど小さく見える。 右:TGVの客車の大きな特徴の一つ、連接台車
TGV が欧州の他の両端機関車方式と異なるのは中間客車だ。転がり摩擦と車重減少の為短い客車を連接台車で数珠繋ぎにし、車体断面小型化の為車体幅は2.8~2.9mと日本の在来線並に狭く、大陸サイズの客車がボギー台車を履くオーソドックスな独ICEと好対照をなす。この結果、両端の巨大な電気機関車が小型扁平連接客車を挟み込む、双頭の蛇のような独特のスタイルがTGVを視覚的に特徴付けた。これに対して、車高が均一になった AGV は (映画「風の谷のナウシカ」に出てくる) 王蟲のような顔* と連接構造を除けば、全く平凡な外観になってしまった。


パリ・リヨン駅二題。 ㊧ 塗色を変更した初代TGVにも、早くもレトロな雰囲気が漂い始めた。 ㊨ お前は誰だ
Quis est la ニャ!リヨン駅名物の宮殿のような駅レストランTrain Bleu が準備中の昼下がり、不審者を見張る猫。
5 TGVの大量投入

TGV 部隊は単なるスピード狂軍団では無い。輸送需要の大きい南東線 (日本における東海道新幹線に相当) には95年から総2階建の TGV-Duplex (註20) が投入され、TGV-Réseau (レゾー=網) TGV(文字通り) ネットワーク拡大* の為35‰の急坂でも時速300㌔を維持できる 登坂能力 (註21) 等で汎用性を高め、多様な規格の路線の直通高速運転 (註22) を可能にし、長時間運転に備え座席間隔も拡大した。更に乗入先の需要・規格・嗜好に応じて TGV には様々な型が叢生した。

 
(註20) Duplex 以降のTGV機関車はのっぺり間延びした馬面になり、それまでの精悍さが失われたのは惜しい。
(註21) 長野新幹線E2系は軽井沢付近の30‰勾配対応だが同区間は210㌔運転にとどまる。
(註22) 2001年5月、僅かな改造を施した TGV-R が大西洋岸のカレーから地中海岸のマルセイユまでの1067㌔(東京・博多の実キロに相当)を多様な線区を直通して3時間29分余・平均時速305㌔で走破、その万能性を見せ付けた。営業運転でもブリュッセルから雲煙遥かなニースまで走る長距離便は(高速新線と在来線の継ぎ接ぎルートにもかかわらず)8時間余の総走行時間中実に約5時間半もの間時速300㌔を維持するという。


イタル・デザインの本場でもフランスのメカ美を主張する
TGV-R
の機関車部分のサイドビュー(ミラノ・チェントラーレ駅にて)
初期のSE型と比べると角が取れ、車高がなだらかに上がっていく。

TGV の各形式の通称は最初に投入した線名から取られる事が多い。初代はパリ Paris とリヨン方面の仏南東部 Sud-Est を結ぶ 高速新線 (註23) に投入されたのでそれらの頭文字をとって TGV-PSE、第二世代はル・マンやトゥールーズ方面の大西洋 Atlantique (恰も大海原を横断するかのような雄大な命名が、偉大さのアピールを好むフランスらしい) に投入されたので TGV-A、パリ・ブリュッセル Bruxelles ・ ケルン Köln ・アムステルダム Amsterdam を結ぶルート用の4電源対応の TGV は各都市の頭文字を取って TGV-PBKA、パリからフランス東部 Ostfrankreich を経由して南ドイツ Süddeutschland を結ぶルート用が各地方の頭文字を取って TGV-POS という具合だ。

 
(註23) Ligne à Grande VitesseLGVと略し、例えば高速新線大西洋線は LGV Atlantique と表記される。


TGV Duplexの模型(左)と実車(右、於Gare de Lyon)。このような巨体が時速
320キロで営業運転を行い、高速試験では時速600キロ近い猛スピードを記録
したのだ。この感慨は、駐機中のA380やB747のような巨人機を見上げながら
なぜこれが浮き上がってマッハ0.85もの高速で飛べるのか訝る感嘆に近い

TGV-POS のルートはドイツ鉄道 DB と相互乗入となりドイツからは DB のエース ICE3 がパリ東駅に乗り入れる。中華思想ならぬ仏華思想が強く、特にドイツへの対抗意識が伝統的に (時に病的に) 強いフランスで、看板列車にドイツ語 (Ostfrankreich・Süddeutschland) を用いるに至ったのは注目すべき進歩である。他にも TGV-La Poste という世界最速の郵便列車も存在するし、スペイン国鉄 RENFE が仏アルストム社に発注した高速新線用 AVE (註24) S100* や広軌在来線用 Euromed (註25) S101* も TGV そのものだ。しかし異色という点での最右翼のTGVはユーロスターだろう。

(註24) スペインでは日本とは逆に高速新線 AVE(「スペイン高速 Alta Velocidad Española」の略)の方が在来線より軌間が狭いが、これには歴史的背景がある。フランスという地続きの強大な隣国の大軍が鉄道で殺到する事態を危惧したスペインはフランスの国際標準軌1435mmとの共通規格を拒否して1668mmの広軌を採用して敢えて直通できないようにしたが、欧州の平和の恒久化を踏まえ、フランスとの直通運転実現の為に高速新線AVEは1435mmを採用した。レールの幅ひとつにも歴史が息づく。
(註25) Euromed が投入されたバルセロナ・アリカンテ間はその名の如く地中海 mediterranean 沿いの軌間1668mmの在来線ルートだ。


筆者の知る限り世界で最も速く、最も美しい郵便列車
TGV-La Poste。破綻した配色のユーロスターと比べ
黄色一色のシンプルさが身上だったが、
SNCF ロゴが巨大なピンクのものに変わり、余り見たくなくなった。
 機関車の次位に位置する客室は、落ち着いた半個室気分を味わえるお勧めコーナーだ (一部のタイプを除く)。左下の写真がそうで、照度を落とした室内を点光源や発光パネルで部分照明する方式が、ユーロな雰囲気を醸し出す。椅子の形のおフランスなユニークさはドイツとの文化の違いを感じさせる。下の写真右は、パリからスイス・ドイツの国境駅バーゼル SBB 駅にやって来た、スイス乗入用 TGV-Lyria だ。これからドイツに戻る隣の ICE1 と接続を取っている。TGV は上述のように車体断面が小さく圧迫感があるが、英国側の事情から当初運転本数が少なかったユーロスターは更に詰込設計とならざるを得なかった。

次号第29話では、遂に英国に橋頭堡を築いたTGV、ユーロスターの歴史を振り返る。

 
本連載の画像・音声・動画は引用注記の無い限り筆者が撮影・録音。
資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
意見にわたる箇所は全て筆者の私見である。
 
 
     
 
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