Trans Eurasien Expreß seit 2002

 
erscheint i.d.R. vierteljährlich und behandelt bedeutende und/oder interessante Eisenbahnen und sonstige Transportmittel in der Welt, mit Vergleichen zwischen Japan und dem Ausland, Geschichts- und Kulturvergleichen - je nach Thema der Ausgabe. Alle Fotos, Ton- und Videoaufnahmen wurden vom Author selbst aufgenommen, soweit keine fremde Quelle ausdrücklich vermerkt ist.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
35. ロンバルディアの古豪、新大陸を行く
今回の取材地:
イタリア
アメリカ


遥か源平の昔、ミラノは城郭都市だった。12世紀当時城壁の一部だったというこの門は、
新アーチ門
Archi di Porta Nuova との 名称とは裏腹に、黒々と佇みながら900年もの間、
時の流れと交通の流れを見続けてきた。かつて人と馬車しかくぐらなかったで あろうこの大門を、
今は動力源の様々な現代の乗物達が大小・新旧取り混ぜて絶え間なくくぐって行く。 

< 最寄駅:
Piazza Cavour >
 

イタリアの名車 アルファロメオのエンブレム* はミラノの市章 (白地に赤十字) と同市を治めた ヴィスコンティ Visconti 家の家紋* (註1) の組み合わせであり、また設立当時の商号がロンバルディア自動車工業株式会社 Anonima Lombarda Fabbrica Automobili (A.L.F.A.) だった事から推察できるように、同社創業の地はロンバルディア州の商都・ミラノだ。同社のヒット作・アルファ159には POLIZIA (警察) の稲妻デザイン (左) やアリタリア色のミラノ市警 (右下) の派手な衣装が似合う。精悍な159が中世の門の下で雨に濡れて佇む絵は、動と静、新と旧の対比が鮮やかだ。その後ろからぬっと現れたオレンジ色のいかつい奴が今号の主人公、車齢80余年にして今尚現役の1500形、通称ヴェントット (イタリア語で28、1928年製造初年に由来) だ。同車の進行方向左側はドアが無く、四角い車体に四角い大窓がずらりと並ぶ小気味良さには、わが国で言えば 国鉄42系* 阪急100形* (新京阪P6) に通じる、アルファの躍動美とは別の美しさがある。

 
(註1) ドラゴンが人を飲み込んでいる、文字通り人を食った図柄だが、ドラゴン=キリスト教を奉じる敬虔なヴィスコンティ家、食われる人=サラセン人、即ちイスラム教徒を征伐する十字軍を象徴しているという。中東市場でもこのエンブレムのままでオイルマネーを稼いでいるとしたら、なかなかいい度胸だ。
 
1. ヴェントット@ミラノとその仲間達

オペラの殿堂スカラ座は1778年に完成、ミラノの領主ヴィスコンティ家の妃、スカラの名にちなんで命名された。「ルートヴィッヒ Ludwig第23話24話参照)・「ベニスに死すDeath in Venice」 等、絢爛たる貴族社会を舞台にした映画を得意とした監督ルキーノ・ヴィスコンティ Luchino Visconti 伯爵は、この領主家の末裔だ。スカラ座を背景にヴェントットの写真を撮る為には雨の中どれだけ待つかと思っていたら、続々と現れ杞憂に終わった。むしろここを走る系統にはヴェントットが重点投入されているような印象を受けた。



パリのオペラ座と比べるとぐっと地味なスカラ座。
外観内装共に華やかなフランスの宮大工仕事と比べ、イタリアの
Villa 建築は
内装はこてこてに豪華でも、ファサードは黄ばんだ大人しいものが多く、
スカラ座の外観はこれでも派手な方だ。

運転席からはフルノッチの急加速とブレーキ操作をガチャガチャと忙しく繰り返す金属音が、がらんとした車内に響いてくる。ヴェントットはそのざらついた吊り掛けモーター音を時に咆哮させ、自慢の大窓を一斉にガタガタ震わせ、老骨に鞭打ちながらミラノの街を驀進する。日本でこれに比肩し得る大窓旧型市電と言えば1937年製造の阪神国道線71形電車* だろう。金魚鉢と称された巨大窓はヴェントットより更に大きかった。凝った室内灯や大窓上部の丸みの連続が優雅で、ヴェントットに決してひけを取らない名車だった。動態保存の大家・広島電鉄 第33話参照) 辺りが拾ってくれていたら広島まで乗りに行ったと思うが、惜しくも「拾う神」は現れず、1975年に悉く廃車になってしまった。

【写真上】 スカラ座前からフレスコ画と彫刻の美しい1878年完成のアーケード(註2)、ヴィットーリオ・エマヌエッレ2世ガッレリーア Galleria Vittorio Emanuele II (左) を抜けるとドゥオモ広場 Piazza Duomo に出る。14世紀にヴィスコンティ家の命で着工後、実に500年かけて完成した世界最大のゴシック建築ドゥオモの歴史の長さの前では、Piazza 脇を唸りながら通過していくヴェントット(右) の車齢80年など、取るに足らない。だが人類の技術史はこの最後の1世紀の進歩 (註3) が驚異的なのだ。

 
(註2) この歴史的アーケードの中心の角地にマクドナルドが入っているのには驚いた。観光客が多いとはいえ、単価の知れたハンバーグでこのミラノの超一等地の家賃を稼ぎ出すのは大変だろう。
(註3) 「地球誕生から今日までの時間を365で割って1年に例えたいわゆる地球カレンダーでは人類誕生は何月何日か」という有名なクイズがある。正解は12月31日(ちなみに最初の原始生命誕生は約39億年前、地球カレンダーなら2月25日)なのだが、技術が飛躍的に進歩した産業革命は大晦日の23時59分58秒、IT化に到っては最後のコンマ数秒だろう。
 


ヴェントットのウッディな車内。ベンチのような木の椅子は硬いが、奥行があり座り心地は見た目ほど悪くない。

【写真下】 後裔も1形式だけ紹介しておこう。これは5連接車体の7500形だが、アナコンダの化物のような7連接車体の7100形というのもある。運転室は片側のみ、シートはコチコチのFRP製だ。ミラノの路面電車の解説は Tram di Milano* が詳しい。残念ながらイタリア語のみでADTranz社製という以外はわからなかったが、撮影ポイントの選定には役立った。この3号線は利用者の多い通勤路線のようで、車両は大型化・近代化されていた。同線は複線だが、この史跡脇の区間は単線となる。このボトルネック区間の両側で長い路面電車がごちゃごちゃした狭い路地を長々と占領しながら交換待ちをする光景は、蛇の化物が町に迷い込んだような異様な光景だ。大昔のアーチの遺構を最新メカがくぐる様子は、実に絵になる。



左:古代ローマ神殿の列柱、中世のキリスト像、そして最新式VVVF駆動の超低床LRT。
遥かな時を超えた組み合わせは欧州ならではだ。
右:Ticinese Molino delle Armi 電停から、左の写真の教会方向を遠望する。
東京で言えば、雷門を都電がくぐる光景に相当する奇観だ。
 このギリシャ風の列柱はサン・ロレンツォ・マッジョーレ教会 Chiesa di San Lorenzo Maggiore の一部だ。同教会の原型ができた4世紀当時、既に別の場所にあった古代ローマ時代の遺構を教会の回廊用に移築したものだという。4世紀といえば日本は紫雲たなびく古墳時代、我々の祖先の多くがまだ竪穴式住居で夜露を凌いでいた頃だ。写真上左と写真下は21世紀の大都会の片隅に残る古代ローマの列柱脇を、インバーターのハイテク音を響かせながら通過して行く7500形だ。神殿の教会建築への転用といえばローマのパンテオン* Pantheon が有名だが、パンテオンに至っては実に1900年前、2世紀の築だ。風水害や火災に弱い木造建築主体の木の文化と比べ、欧州の石の文化では千年王国を語る事も夢物語ではない。
2. ヴェントット@USとその愉快な仲間達

このように古豪ヴェントットはミラノでは通勤利用の多い線を避け、スカラ座やドゥオモの前を通る1・2号線等観光利用の多い線に集中配備され、市電自体が動くアンティークとなって古都に彩を添えている。このミラノのコンセプトを一歩進め、地下化で一旦廃止した地上線を1995年に観光線として復活させたのがサンフランシスコ市電のF線だ。第33話 で少し頭出しをした同線は、フィッシャーマンズワーフ Fisherman’s Warf ・ ケーブルカーの起点駅 ・ エンバーカデロ Embarcadero (註4) 前の椰子並木等の観光ポイントを海岸に沿って繋ぎ、日本を含む世界各地 (註5)oldtimer 達が大集合している。その主力が後述のPCCカーと、ミラノから来たヴェントットだ。2000年近い悠久の昔の遺構が何気に残る祖国イタリアにいた時と異なり、建国後2世紀少々の若い国での車齢80年は、威風辺りを払う大老然とした風格を感じさせる。

 
(註4) スペイン語だが embark との類似性から船乗場の事だろう。F線はここから南は全く性格を変え、長い Market Street を住宅地まで走る生活路線となる。
(註5) 米国各地のPCCカーのみならず、日本(大阪・神戸)・ドイツ・ベルギー・ポルトガル・ロシア・オーストラリア・メキシコ等世界各地からのコレクションがあり、一部はF線と繋がったサンフランシスコ鉄道博物館で展示されている。各車両の現況についてはF線の愛好家団体Market Street RailwayのHPに便利な一覧がある。このうち神戸車は広島電鉄に移籍後SFに再移籍した点については第33話末尾参照。
 


左:
Fisherman's Warf で生粋のヤンキー・PCCカーと並ぶ、Made in Italy のヴェントット。
シールドビームに交換された前照灯の下に、ドア開閉用の秘密のボタンがあるようだ。 
右:F線は
Fisherman's Warf 線の略なのかも知れない。
【写真上】 北東太平洋の潮風と屋台のクラムチャウダーの香りが快いF線北の終着・ Fisherman's Warf 駅で寒さに身を縮こませて待っていると、折り返し Market Place 行となるヴェントットがやって来た。かつては弁当箱のように四角い車の多かったこのアメリカですらエアロダイナミックデザイン全盛のこの時代に思い切り角張っている上、目立つオレンジ色なので遠目にもすぐそれとわかる。旧式艦船のように無骨なリベットを満身に打ち込んだ鉄とガラスの塊が、かなり無理のある急カーブを忠実になぞってループ線上の終着駅に到着した。多少アメリカの遺伝子 (註6) も入っているというこのイタ車の設計図に刷り込まれたDNAの遠い記憶がここに呼び戻したのか、良くぞこの歳で万里の波濤を越えはるばるアメリカまでやってきたものだと感慨にふけりながら撮影に興じていたら、何ともアメリカンな不愉快な場面 (註7) に遭遇した。所変われば品変わるというが、人はもっと変わる。運転される電車そのものは変わらないのだが。
 
(註6) 車掌というものがいた昔、片運転台式路面電車内の乗客の動線を合理化する為のドアと車掌コーナーの最適配置をオハイオ州 ClevelandのPeter Witt が考案し、遥かイタリアのヴェントットの設計者もこれに倣った為、同車はアメリカでは自国との共通項を強調して Peter Witt streetcar と呼ばれている由。これは入口を前方、出口を車掌のいる中央の2箇所に設け、入口と中央出口の間は乗客が移動し易いようロングシート、中央出口から後ろは座席定員確保の為クロスシートとし、運賃支払は車両前半に留まる客は降車寸前、後半部に座る客はクロスシート区画に移動前、とする事で着席定員を確保しながら運賃支払による渋滞を防止するというアイデアで、確かに合理的だ。だが少なくとも現在のヴェントットはミラノでもサンフランシスコでも最後部にも出口を設けて3扉化され、全ロングシート構造のうえ全車ワンマン運転で、どこにピーター・ウィットの残滓があるのか不明だ。
(註7) 随分間隔が空いた後電車が2両続けて到着した。電車が遅れ大勢の客が待っているにもかかわらずアフリカ系運転手は客を乗せず、車外で悠々とタバコを吸い出した。近くにいた白人客が何か尋ねたようだ。撮影をしていた筆者には聞こえなかったが、状況から「いつ電車を出すんだい」程度の事だったろう。運転手が無視したので客がもう一度話しかけようとしたら、運転手は目と歯を剥いて怒り出し、半径100mに響き渡りそうな大声で「俺は休憩中だ。我々の権利だ。邪魔するとただじゃおかんぞ!」とたいへんな剣幕だった。幸い次の電車の運転手の「じゃあ俺が代わろう」との穏やかな計らいで収まったが、アメリカ式に労働法が不十分で何でも労使交渉に委ねると、労働者側の権利「獲得」意識が強くなり、却ってギスギスするような印象を受けた一幕だった。
 


小洒落たカフェの小道具のように美しいリンドウ型車内灯。そのランプの放列が映りこむ
広告ポスターはイタリア語のままだ。という事はこのスペースの広告費用も入らない訳で、
それも動態保存コストの一部を構成する事になる。
【写真下】 F線南側の終着・Market Place 一帯は地名から受ける印象とは裏腹な住宅地で、如何にもアメリカというか自由な発想のデザインの家も散見された。ミラノ時代の古い写真を見ると出口専用ドアには出口を意味する USCITA ウシータ表記がなされていたが、その後イタリア語が解らなくても理解できるよう 進入禁止マーク* に変えられ (本号2枚目の写真の中央ドアのシールに注目)、更に渡米後はEXIT表記に張り替えられた。国境を超えた人の移動が日常化した大陸欧州では標識の記号化 (又は多言語併記化) が進んでいるが、巨大な単一言語大陸の米国は言うに及ばず、同じ欧州でも島国の英国は (独自言語が残り両語併記されるウェールズ等を除き) まだまだ英語の文字標識一本だ。英国同様の島国の日本も文字標識が多い。これだけでも結構面白いテーマなので、機会があれば紹介したい。


左:ピーター・ウィット方式(註6参照)ではドアは前方と中央の2箇所にある筈だが、
最後部にも大きなドアがある。この出口専用ドアにミラノ時代にあった乗車禁止の赤丸マークは、
英語の文字標識(EXIT)に張り替えられていた。
【写真下】 角張ったヴェントットのすぐ後ろを流線形のPCCカーが続行運転をする。渡米組ヴェントットの新たな同僚となった、このPCCカーについて簡単に触れる。戦間期の米国で台頭する自動車やバスに対抗する為路面電車の高性能化が課題となり、大統領諮問委員会 Presidents' Conference Committee が策定した新規格に基づく路面電車が1930年代以降量産 (註8) されたので、頭文字を取ってこう呼ばれる。路面電車の高性能化は、大統領お声がかりの国策プロジェクトだったのだ。
 
(註8) PCC規格は世界各地に影響を与え、日本でもライセンスを得て試作した都電5501形が静態保存されている。更に「準PCC」や「和製PCC」なる怪しげな通称の電車も多数製造された。こちらのライセンス関係はどうなっていたか知らないが、現在も動態で残っているものは広島電鉄(元神戸市電)1150形 位のようだ。
 


上部が後退した二枚窓を用いたPCCカーの独特の猫顔は、同時期のドイツの路面電車の顔にも
強い影響を与えた。右は
Embarcadero 付近を、ヴェントットの直後を続行運転するPCCカー。
【写真下】 F線にはボストン高架鉄道 (左)、ニューヨーク市交通局 (中) 等各地の塗色バージョンが存在するが、Wikipedia によるとフィラデルフィアやニュージャージーから大量購入した中古PCCに各地のカラリングを施した由。車内 (右) を見ると白熱灯 (カバーの下は白熱灯色の蛍光灯に交換されているかも知れないが) も、降車ひも (赤矢印、運転席から最後尾まで延びているこの紐を乗客が引っ張ると運転席に合図が届く) もそのままだ。欧州の大窓車を見慣れていると、米国車特有の窓の天地方向の低さには (註9) 圧迫感を覚える。それだけにヴェントットを始めとする欧州車の巨大な窓は米国人の目にはとてもエキゾチックに映るのだろう。
 
(註9) これは着席輸送を前提とする近郊列車や長距離列車に顕著に見られる現象だ。サンディエゴの路面電車等アメリカにも大窓車はあるが、これらは大抵欧州からの輸入車やライセンス生産車だ。
 
【写真下】 サンフランシスコの乗物紹介で名物のケーブルカーを外す訳には行かない。これは現存するケーブルカーとしては世界最古 (註10) であると同時に、(1本のケーブルで繋がれた2両が連動しつつ山頂駅と麓駅を往復する通常の交走式とは異なり) 循環式 (註11) という珍しい方式を採用する。下の組写真左上は右手で鐘を鳴らし、左手でケーブルとの噛み合わせを調整して速度を制御する運転手 (註12)、左下は彼の足元の様子だ。「半クラッチ」状態ではガリガリ音がし、完全に噛み合うと急坂をものともせずぐんぐん登っていく。途中には右上のような急カーブもあり、急坂と風変わりな車体とモーター音がしない点を除けば、普通の路面電車のように街中をちょこまかと走り回る。右下の写真のおじさんは金門橋とケーブルカーを背景にポーズを取っているのではなく、終点の転車台で方向転換* 動画参照 すべく車体を背で押しているのだ。見事なダブル (トリプル?) ルーフだが、良く見ると車体に歪みが見られる。

 
(註10) 1873年開業。ちなみにモノレールの世界最古は1901年開業のドイツ・ヴッパータールのシュヴェーベバーンで、これも現役だ(第4話第5話参照)。
(註11) 環状に循環する長大なケーブルを車両が随意に掴んで動く方式で、日本では平成元年に横浜博の「動くベンチ」で試されただけだ。 この方式では多くの車両が地形にかかわりなくルート上を自由に走行できる。
(註12) 常時時速9.5マイル=約15キロで軌道の下を流れている循環ケーブルを掴んだり離したりして速度を制御するので、driver ではなく gripman という。
 
 SFのケーブルカーは実にユニークだが、ケーブルを動かす動力源は電気だ。次号第36話では、通常の交走式ではあるが、その動力源に電気ではなく水の重力を用いるエコなケーブルカーについて、湧水を使うドイツ・ヴィースバーデン方式と下水を使うスイス・フリブール方式の2例をご紹介する。
 
(2010年2月)
 
 
     
 
本連載の画像・音声・動画は引用注記の無い限り筆者が撮影・録音。
資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
意見にわたる箇所は全て筆者の私見である。
   
 
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