Trans Eurasia Express since 2002

 
is a quarterly articles series, now kindly hosted by H.I.S. London (until No.49 by H.I.S. Touristik Deutschland GmbH) on interesting trains and other means of transportation in Europe, Asia and other corners of the world, with technical, historical and cultural interests. All photographs, sounds and videos are taken by the author unless otherwise expressly mentioned.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
73. 鬼滅の里in東京・単軌条列車編

ー 限界集落を支える檜原村の山岳モノレール ー
Light Monorails Crawling in Deep Mountains in Tokyo
今回の撮影地: 日本 市松 ドイツ


後進運転中は、席が前向き固定の運転手と乗客が逆方向を向く(小林家住宅モノレール9合目付近)
In Hinohara Village, located at the Western end of Tokyo, the so-called “welfare monorails”
are supporting the lives of people living in isolated houses without access to roads.

今号は東京都檜原村の、3密から最も縁遠い鉄道をご紹介する。今秋公開の『鬼滅の刃・無限列車編』は最初の1ヶ月で興行収入233億円強を記録、日本歴代興行収入第1位の『千と千尋の神隠し』(317億円弱、第25話参照)を急追中だ。檜原村は同映画の舞台、雲取山(埼玉・山梨にも跨る東京都最高峰、2017m)の山続きで、これが天下の大東京かと驚くほど峰々が重畳と続く山中にある。本号のデータは下記資料[註1]に基づく。

[註1] 高齢社会における「ヒト」と「モノ」の移動に関する調査研究報告書(公益財団法人東京市町村自治調査会・平成28年3月) P68~71【文献1】 、重要文化財小林家住宅見学のご案内について道路web-都道205号水根本宿線


右下:秋深い山里の廃校の窓が、揺れる紅葉を美しく映し出す。隅に石炭ストーブの煙突穴が残っていた。
Before the industrial revolution (in Japan: the Westernization after the Meiji Restauration) many people
preferred to live along ridgeways at higher altitudes to avoid rockfalls, floods and avalanches. Even
after the modernization some people stayed in mountains, but it was difficult to justify the high cost to
build roads to connect these isolated houses, which gave rise to the needs for the low-cost monorails.
1 尾根沿い集落の形成と衰退
 

麓の沢沿いに車道が整備されるまでは尾根を伝う現在のハイキングコース(左)が主要道で民家もこちら沿いに多く点在していた。不便な尾根道[註2]がメインストリートとは今日の感覚では不可解だが、日当たりが良く農林業に適するうえに、増水・落石・雪崩等の脅威に晒される谷底や崖下の道より尾根伝いの道の方が相対的に安全だったのだ。同村藤原地区では低地にも後述の小林家を含む小集落があったが約300年前に大きな山崩れで毀滅された(現在も春日神社(右上)と藤倉小学校跡(右下)の間がざっくり谷状に抉れている)のを機に標高の高い尾根沿いに分散移転し、そのまま明治を迎えた。

 
[註2] そもそも - 大陸的な北海道を除けば - 約8割が山岳地帯の日本の道路は、土木技術を急発展させた産業革命以前は大半がこのような細い山道だったと思われる(だから馬車の文化が発達しなかったのだろう)。


下:明治以降も江戸時代の薫りを残していた山上生活とは対照的に、麓の世界は激変した。西洋の生活様式が
続々と導入され和洋混然とした光景が随所に出現した。極端な例ではあるが日光田母沢御用邸で公開されてい
る大正天皇謁見の間も、書院造の大広間に洋椅子・絨毯・シャンデリアが組み合わされた独特の様式美を持つ。
In Taisho era Japanese landscape and lifestyles changed dramatically as a
result of rapid influx of Western culture – For example, the Audience Room of the
Emperor Taisho (bottom) is a mixture of Japanese traditional architecture and Western
technologies, while the lives in the mountainous region remained almost unchanged.

この一帯の山岳民家では炭焼きと養蚕業(現在は杉が植林されているが昔は桑山だった)から得られる現金収入で自給自足経済を補っていた。炭焼窯の廃墟が今日も所々に残る他、かつての様式の炭焼窯が檜原都民の森に再現されており(上)、竈門炭治郎や禰豆子らの生活を偲ぶ事ができる。『鬼滅の刃』は大正時代という設定だが、山の住民が時々炭や絹を担いで人里に降りてこれを売り、購入した生活物資を担いで山に戻るという生活が一部では戦後になっても続いたという。



右上:コンビニでは薪も売っていた(あきる野市)。下:福祉モノレール開通まで唯一の交通機
械化手段だったクローラー運搬車。輸送力はロバ1頭程度だが、維持費はロバより安いだろう。
Since it was unjustifiably too expensive to build roads to connect all
isolated houses in mountains, some hiking trails have been widened to
one meter so that a “crawler”, a powered cart, can be used.

文明開化と共に都会は急速に便利になり、尾根伝いに点在した民家の多くは明治後麓に降りた。檜原村でも麓に集合住宅を用意して山から降りるよう孤立民家の住民に勧めたが、住み慣れた故郷を離れない選択をした住民は山中に残った。が高齢化が進み、村は孤立民家の生活水準の維持と税金の有効利用のバランスという難問に直面した。檜原村の限界集落は一戸ずつ分散して山中に点在する為、これらを全て車道で結ぶと税金がいくらあっても足りない。そこで山道を幅1mに拡幅しコンクリート舗装し、小型のクローラー運搬車と呼ばれるキャタピラー付動力台車が通れるようにして、プロパンガス(一部の集落にはガスも通っていない)等の重量物も運べるようにしたが、人間は徒歩のままだった。



ラックレール(歯竿式軌条)と、草木噛込防止用カバーで保護された動輪(歯の付いた大きい方)。台車を
安定させる為、車輪は全て両フランジだ。レールの角が僅かに削ってあり、その辺りはノウハウなのだろう。
In order to assist the lives of the people who opted for remaining in the mountains,
some local governments such as Hinohara Village have built so-called “welfare
monorails” intended mainly for the private use by the local residents.
2 福祉モノレール
 

そこで檜原村は2003~04年にかけて、車道と孤立民家を繋ぐ5路線の福祉モノレールを建設した。単軌条運搬機と呼ばれる小さな乗物が文字通り1本のレールにしがみつき草木を掻き分けるように山肌を移動する。ギザギザ加工された軌道下部に動力車(鉄道の機関車に相当)の歯車を噛ませるラック&ピニオン方式でエンジンの回転を直線運動に変換し、荷物台車(同・貨車に相当)や乗用台車(同・客車や人車に相当)を牽引する方式で、輸送力僅少だが急カーブ・急坂に強い。福祉モノレール麓側終点と路線バス(これで武蔵五日市に出れば後は最新のE233系が立川や新宿に運んでくれる)山側終点の間はオン・デマンド運行のミニバスで繋ぐという芸の細かさだ。



左上:車輪が上下から噛む軌条の上面は平滑、下面はラック状だ。右上:JR貨物の凸型DL以上に機能本
位な形状の動力車。右下:最急勾配区間で前方を撮影すると魚眼レンズでもないのに真上の空も映り込む。
Such “welfare monorails” use rack & pinion technology and the 400cc-engine
can tow 500kg to 1 ton at tracks with extreme steepness of up to 45 degrees
(43 degrees or 932.5‰ at the welfare monorails in Hinohara), while the steepest slope
of Pilatusbahn in Switzerland, known as the steepest railway in the world, is 480‰.

このモノラック(mono単+rack歯竿)と呼ばれる技術は1960年代から急傾斜地の蜜柑収穫用に普及し(従って「みかん山モノレール」と俗称される)1980年代に入ると乗用型が開発され、林業や工事資材運搬等、各地の急傾斜地に活躍の場を広げた。時速2~3kmだが、荷物(後述の福祉モノレールで500kg、元は工事用だった小林家住宅モノレールに至っては1トンも運べる)も運べるうえ、腸のように蛇行する山道を横目に急坂を1直線に敷設できるので、車の入れない山中では最速の地上移動手段でもある。徳島県における乗用や観光利用の実例については第47話でご紹介した。



猿江線(左)と中組線(右)が発着する旧藤倉小学校駅。両線の間に見えるレールの切れ端は引込線
か渡り線の一部か判然としないが、いずれにせよ機能させるには本線を曲げてこれに繋ぐ必要がある。
Two welfare monorail lines end at Fujikura Terminal - Very simple end station.

村内の福祉モノレールは、長い順に猿江線・臼久保線・日向平線・千足線・中組線の5線があり、沿線住民とその関係者のみ利用可能だ。総延長5キロ弱で整備費約9千万円というから山岳道路を建設するより遥かに経済的だ。猿江線と中組線の麓側終点は共に藤倉小学校跡(1986年廃校)で、旧校庭脇に小さな島式ホームを共有する。1874(明治7)年開校[註2]というから1世紀以上の間、猪や熊の出没情報がある(筆者はamazonで熊よけセット(鈴・笛・スプレー)を用意して入山した)暗い山中を小さな子供が毎日徒歩で通っていた事になる。

 
[註3] 桧原小学校第六分校として開校した明治初期は「包蒙学校」という失礼な別称もあったという。 


車の入れない都道。街灯とハイキングコースとの組み合わせは、どこかシュールだ。
This ridgeway used to be the main street in this mountainous region for
centuries. Today it is designated as the “Metropolitan Road Route 205”.
The Sarue welfare-monorail Line is constructed along this Route 205.

最長の猿江線は2,416mもあり、完乗すれば片道1時間のちょっとした山岳旅行だ。麓に車道ができるまではメインストリートだった尾根道が猿江線と並走し、鬱蒼としたハイキング道にもかかわらず都道205号水根本宿線に指定されている(上)。所々見慣れた規格の街灯があるが、設置数は僅かで照明というより灯台のような役割のようで、夜間ここを歩くには勇気が要る。上述のクローラーが通れるよう幅1mのコンクリート舗装がなされているが、枯木や石で覆われ尽くした区間もある。そもそもこの道幅では緊急車両も入れないし、隣家も遥か先で緊急時の助力は期待できない。『鬼滅の刃』にいう鬼とは元は山賊か害獣の事であったろう。



立体交差の規格の違い(上・左下:都道x猿江線、右下:一般の山道x
千足線)。左下:猿江線陸橋から都道を見下ろすとこんな感じに見える。
Three-dimensional intersections between welfare monorails and mountain roads.

猿江線は変化に富み、崖沿いに張り付いたかと思えば竹林に分け入り、沢も渡る。都道が猿江集落方面の山道と分岐する辺りでは都道と立体交差し、小さいながら退避通路付の鉄橋が架けられ、万一モノレールが橋上で故障しても乗客が歩いて避難できるようになっている(上・左下)。同じ立体交差でも「ただの山道」とクロスする千足線はハイカーが頭をぶつけないように軌道にゼブラテープが巻いてあるだけ(右下)なのとは随分違うが、跨ぐ相手が都道なので一つ上の規格が適用されるのだろうか。



A very simple bridge crossing a mountain stream

尾根道の都道205号は標高の高い辺りを大体等高線に沿っているが、橋で沢を横切る箇所が数か所ある。そういう箇所では並行するモノレールにも可愛らしい鉄橋が造られていた。ただ、一部の沢では橋の下が詰まって沢水が都道の上を洗い越し、か細い軌道や都道とは対照的な大岩や流木が無造作に転がり、大雨時は表情が一変することが容易に想像できた。最近の豪雨の激しさを考えれば小型流木が1本当たればひょろひょろ(約5㎝角)の軌道は吹き飛ぶと思われ、メンテは楽ではなさそうだった。



この3Dヘアピンカーブを見よ!モノラックの面目躍如の線形だ。
It is not surprising that many isolated houses that the welfare
monorails are connecting, are slowly going into ruins..

福祉モノレールの名の通り、建設費・維持費は公費負担で利用者は燃料の実費負担以外は無料だ。利用状況は文献1(2016年3月付)によると、年間利用回数は日向平線・臼久保線が各 230 、猿江線150、千足線・中組線が各100 というので最も利用頻度の高い線でも週4回程度という計算だ。設置当初は各路線に 2 ~ 3 世帯あったが現在は1 路線 1 世帯に減ったというので、マイレール状態だ。都道205号を猿江線に沿って歩いたが10分程歩いて漸く次の建物を見かける程度だった。軌道は丁寧に各戸に立ち寄っているが、麓で車道が切れた直後からふっと生活感が消える。最初は雨戸が締め切られている程度(右上)だが山奥に入るに従い廃墟が増えていく(左下)

 
3 ドイツの福祉軌道の例と、徳島における観光化の試み
 

限界集落の乗物は世界各地で実情に合わせて工夫されている。例えばドイツでは第55話でご紹介した超遠浅の北海Nordsee沖ハッリッヒHallig地方の海面すれすれの洋上限界集落と本土を結ぶ海上トロッコLorenbahnが有名だ。





ドイツの限界集落の乗物の例 (Lüttmoorsiel – Nordstrandischmoor線)。上:満潮時は大地
水没Landunter現象が起きていなくても海原電鉄状態だ。Hallig地方の海上トロッコの一部
は、増水時も水没しない人工丘Warft上の民家の玄関先迄延びている。中左:Warft上の農
家脇に停車中の自家用トロッコ。Halligの住民の四輪車駐車場は本土側トロッコ終点脇にある。
中右:羊を本土に出荷中 - 右奥のWarftを残し、この広大な牧草地は年に何度か海没する。本
土で生活物資を購入しWarftの坂を上り(左下)玄関前でマイトロッコから荷下ろしする(右下)。
The Lorenbahn in Hallig – the German example of transports to assist the lives in extremely de-
populating area. Due to the limited track capacity, it is not open for tourists except for B&B-guests.

こちらは自家用・工事用・貨物列車を含め頻繁に走っており、線路容量の限界から民宿客以外の観光利用は不可だ。頻繁に海面下に没する軌道の保守は賽の河原のようにエンドレスでやや雇用創出事業的印象も受けたが、大地水没Landunter時以外に営まれる羊酪農や民宿業(『千と千尋の神隠し』の海原電鉄沿線のような景色を楽しめる)で立派な家を構えドイツ最小という小学校まであり、住み続ける気満々と見た。同じ限界集落の乗物でも、不便でも山に住み続けたい住民がおられる限りその意思を尊重し全戸が麓に移住し終わるまでの経過措置のような檜原村の例とは趣が異なる。



左上・下:現在は使われていない左右の補助レールは、乗客からは
こう見える(小林家住宅モノレール)。右上:いきなり始まる急勾配。
Rails of a sightseeing monorail

整地工事も樹木伐採も最小限で済むモノラック技術は予算のみならず環境への負荷もミニマムだ。木漏日・小鳥の囀り・腐葉土のにおい等深山を五感で楽しめる乗物でもあるので、本来の利用が減っても観光利用が可能なら素晴らしい森林浴列車が東京都内に誕生する事になる。しかし猿江線のように長いと途中に交換(行き違い)設備を設けないとピストン運転をしても2時間おき(1往復2時間を要する為)となるので、短い線でないと難しいかもしれない。先駆者である奥祖谷観光周遊モノレールは「周遊」式がミソで、折り返しも交換も無いので続々発車する事ができる。



兜造りの作品群 - 小林家住宅(左上下)、兜屋旅館(右上)、蛇
の湯温泉たから荘(右下)。左上手前のモノレールは千足線。
Thatched roofs with traditional Kabuto-helmet design in Hinohara village.
Top left: Senzoku walfare monorail line ends at this Kobayashi-Residence.
4 小林家住宅モノレール
 

福祉モノレールは住民専用だが、村内に観光利用が可能な線が1つだけある。線名は特に無い由だが、便宜上「小林家住宅モノレール」と呼ぶ。18世紀前半に陣馬尾根の尾根道が交わる当時の交通の要衝に建てられ現在も車道が無い山岳民家、小林家住宅が1978年に重要文化財に指定され2008年村有財産となり2011~15年にかけて大保存修理工事が行われた。入母屋造を更に工夫した兜造りと言われる独特の屋根構造(一見似ている飛騨の合掌造りが直線基調なのに対して、東京の兜造りは風雅な曲線も入る)も忠実に再現され、歴史建築愛好家の方は村内の兜屋旅館蛇の湯温泉たから荘等と組み合わせて効率的に訪問する事ができる。



総角沢駅は沢上にあり道路脇に5台分の駐車場とベンチがあるが、当初の終点は橋を渡り
切ったベンチ部分に車道に平行して存在した。工事用資材積込に便利だったからだろう。
山肌に取り付くなり急勾配になっているのが分かる。左下:着席位置から沢を見下ろす。
Sokakuzawa Station of the sightseeing monorail, with direct access to a drivable road.

小林家は組頭の家柄で炭焼きを行い、麓で毎月5日に立つ市(現在の武蔵五日市)まで炭を売りに行った。近道の徒歩ルートと馬で運ぶ場合のルートは違ったが、いずれのルートも往復最低2日がかりだった。標高750mに位置し、他の孤立民家同様に尾根道が通るだけなので、見学者は麓の車道からモノレールに乗る。橋上にある麓の総角沢駅は標高約600mでほぼ高尾山頂(599m)と同じで、標高差約150m・全長384mの軌道上を上り 約13分 下り10分で走る。



予約で満席の上り始発が秋色の山を登る。急勾配区間では乗客達は反り返り気味で前席にしがみつく。
The slope is so steep that the passengers have to cling onto the seatbacks in front of them.

小林家住宅モノレールは定員が少ない為予約が必要だ。シートベルトを締めて出発早々、強烈な坂をぐんぐん登っていく。最大傾斜は43度で、重力に逆らって頭を支え続ける首が痛いほどだ。43度というのは932.5‰(1000m行くと932.5m上がる)に相当し、JR再急勾配の40‰(飯田線 沢渡~赤木間)、かつての国鉄再急勾配66.7‰(信越本線 横川~軽井沢間)、鉄道急勾配世界一のピラトゥス鉄道Pilatusbahnの480‰と比べて、如何に凄いかがわかる。



As opposed to other welfare monorail lines with literally one rail
(load capacity: 500kg), only this sightseeing line has 3 rails (one rack rail supported
by 2 auxiliary rails; load capacity: 1t). The sightseeing line has a higher
specification because it has been converted from a heavy-duty construction monorail
used for the large repair work of the Kobayashi Residence.

福祉モノレールとは異なり、小林家住宅モノレールは1トンの資材を運搬できる保存修繕工事用モノレールを転用した為、左右に補助輪用のレールもあるがっしりした3線式[註4]となっている。当初は補助レールも活用した補助輪付2列x4=8人乗り大型乗用台車だったが、現在は1列6人乗り・補助輪無しのものに改められた。従って左右の2線は現在補助レールとしては使われておらず補強材代わりだ。乗用台車は現在の1列式の方がより開放感とスリルがある。

[註4] 因みにラルティーグLartigue式という世界最初のモノレールも一段高い中央軌条(ラック式ではなく平滑なレールを粘着駆動する)の左右に補助レールがある3線式で、車両の横断(中央の高いレールを跨ぐ凸型階段車を編成途中に連結する必要があった)や踏切に珍しい工夫がされていた。惜しくもアイルランド内戦で破壊されたが、レプリカが再現された。日本国内で現在一般利用が可能な3線式モノレールとしては、小林家住宅モノレール初代型同様の補助輪付き広幅乗用台車を用いた広島市森林公園モノレールがあるが、他にもあるかもしれない。


小林家住宅駅に停車中の観光モノレール
Kobayashi-Residence Station and the sight-seeing monorail

ニッカリ製水平保持機構付7.5馬力400ccエンジンはトルク重視で高い歯車比(車で言えばローギア)で固定されているようで、甲高い音を立てて鈴なりの乗客を引き上げていく。視界が開けて雲取山など秩父連山が見えたら間もなく軌道は水平になり、小さなホームのある頂上駅に着く。入母屋造の小林家住宅は眼前だ。見晴らしがよく、尾根道にある事が実感できる。里山に茅葺民家に柿の木と、絵に描いたような日本の原風景だ。モノレールも建物も素晴らしいのに、脱稿日現在無料で申し訳ない程だ。檜原村が注力中のエコツーリズム促進に加え、特定少数住戸の為の福祉線を税金で無料運行している点とのバランスも考慮したのだろうか。



左上:小林家住宅は駅の目の前だ。中右:昔の民家は板張りが原則で、儀式
や役人接待用の一間だけが畳敷だ。右下:雪道スリップ防止の為のかんじき。
The Kobayashi-Residence, originally built in the 18th century, is
now open to public after a big restoration work.

小林家住宅は修繕保存工事で立派な茅葺屋根に葺き替えられただけでなく床も柱も梁もピカピカになった。一部江戸時代の材木を再利用した由だが、その比率は減っていくだろう。そうなると保存建築なのか最早レプリカと呼ぶべきかは、哲学的にはテセウスのパラドックス(古代ギリシャでテセウスという男が木造船を記念に長期保存するうちに腐食したパーツを交換し続け遂に全て新パーツに入れ替わった、これは元の船と言えるか)、法学的には単に定義の問題だ。暇人的考察は措くとして、工事前の建物の写真を見ると廃墟一歩手前で、木造文化遺産を後世に遺すというのはこういう事かと納得した。



左上:山道が曲がりくねっているのに対し千足線は急坂を一直線に克服する。
左下:三線式の小林家住宅モノレールとの並走区間。右下:千足線総角沢駅。
The welfare monorail train consists of a tiny engine, a passenger car (seats 3) and a cargo.

小林家住宅・総角沢間は観光モノレールの他に福祉モノレール千足線もあり、山道に沿って少し別ルートを通るが7合目付近以高は両線が合流し、3+1=4本のレールが並んで盛大に小林家住宅前に達する。千足線総角沢駅では旧藤倉小学校駅にあったと同様の編成(動力車+定員3名の乗用台車+荷物台車)が停まっていた。メカニカルな3線式も良いが、補助レールの無いシンプルな福祉モノレールの方が大自然との一体感がある。



折り返しの下り始発が、朝日に輝く山中を下る。
Downhill ride through deep mountains

脱稿日時点の週末ともなれば、他府県への移動を自粛し公共交通機関を避けて休日を過ごす都民の車で奥多摩の渋滞はたいへんな事になっている。しかしその狂騒のすぐ近くの檜原村の道は空いている。小林家住宅やモノレールは乗物愛好家や歴史建築愛好家でなくても十分に楽しめるので、一度訪ねてみる事をお勧めする。


準急ユーラシア、次は箱根に停車する。
Next stop of the Trans Eurasia Express: Hakone (JP)
(令和2年12月 / December 2020)
 
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資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
意見にわたる箇所は全て筆者の私見である。
   
 
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